ゴールの先に救う命がある

ライフセービング競技は夏の監視活動でのレスキュー技術の向上のためにあります。競技に向けて基礎体力を付け、ボードを漕ぐ速さ、泳ぐ、走る速さを向上させるトレーニングをすることによって、救助力も向上します。その救助力のさらなる向上の為だけでなく地域交流の一環としても大会が開催されています。

競技を大きく分けるとオーシャン競技とビーチ競技、プール競技の3つがあり、それぞれに共通のスローガン「ゴールの先に救う命がある」というものがあります。どの競技もゴールして終わりではなく、ゴールしたその後に心肺蘇生できるのかなど、ライフセーバーはゴールのその先に目指すものがあるという意味です。
全ての競技が人命救助を模したものになっていて、僕が得意としているのはオーシャン競技のボードレースです。監視活動で使用するレスキューボードをレース用に形状を変え、速さに特化したマリブボード(長さ約2.5m)を使い、ビーチからスタートして200mくらい沖にあるブイを回りゴールする速さを競うものです。また、オーシャンマンという陸上競技で言うと十種競技のような競技もやっています。全日本選手権でオーシャンマンに優勝した人はキングオブライフセーバーと呼ばれることもあります。

ボードとサーフスキー(カヤックのようなものを漕ぐ)、サーフレースとビーチランの4種目を一人で行う競技で、競技の順番は大会毎に抽選で決まります。本場のオーストラリアではアイアンマン(鉄人)と呼ばれるホントにきついレースですが、ゴールした後の達成感が癖になりやめられずやっています。僕がボードレースに重点を置いているのは様々な種目がある中で僕の中では夏の救助活動に直結すると思っているのが大きく、一番自分に向いていると思うし、海の表情、波や風をダイレクトに感じられるからです。

海の近くでライフセービングができる

ライフセービングを始めたのは高校2年生で、きっかけは当時国内に2校しかない部活という物珍しさと面白そうという好奇心、あとは部活自体の雰囲気も良かったので入りました。最初は興味本位でしたがハマるまでに時間はかかりませんでした。顧問の先生が熱い方で、ご自身も学生時代にライフセービングをされていた経験を基にライフセービングスピリッツを説いていただいたのがきっかけでライフセービングにハマり、その時の教えは今の自分の考え方の一部になっています。今となっては運命的な出会いだったと思います。
ライフセービングを始めて一番苦労したのは泳ぐことですね。実際に海水浴場で監視活動をするには資格が必要で、資格を取得する為には400mを9分以内に泳がないといけません。高校生の内になんとか泳げるようになりましたが、義務教育でしか水泳をやってこなかった僕にはとても辛く、時にはゴーグルの中に涙が溜まりましたし、なんでこんなにキツイことをしているのだろうって思うこともありました。

ですが、ライフセービングを続けていて一番良かったな、魅力だなと思うのは、自分のために鍛えた身体や心が人のためになるということです。
水辺で自分の身を守る事が最優先。そのためには自らが水に入って練習もしなきゃいけないし身体を鍛えないといけない。でもそれが最終的には溺れてしまった人を助けられる技術、体力に繋がっていく。そこにすごく惹かれたからこそ9年間続けられています。大学ももっとライフセービングを突き詰めたい思いを第一にライフセービングを続けられる海が近いところを選びました。ライフセービングは今の自分を形成している一番のものだと思っています。

ライフセービングは大学を卒業すると辞めてしまう人が多いのが現実です。なので僕はライフセービングと両立できる事を第一に就活しましたが、ライフセービングの認知度があまり高くないので企業からは中々理解を得ることが難しい活動・スポーツだと思いますし、僕は日本代表になるような競技力のある選手ではなかったので両立するのは難しいのかなと思っていました。そんな時、大学の先輩に今の会社を紹介していただき、海も近い上に今後もライフセービングに携わることができると思い就職しました。
就職を機に競技からは離れようと思ったのですが、練習する事が習慣になっていたし、仲の良い大学の先輩が「せっかく海の近くに住んでいるのだから海に入らないなんてもったいないよ」と言ってくださっていたので練習だけは続けていました。

神奈川県はレベルが高く、様々な方たちと一緒に練習しているうちに自分の可能性に気づいて、「大会に出たい」と会社に伝えたら「応援するよ」と言っていただけたので、今もライフセービングの大会に出店しながら競技にも出ています。本当に環境と人に恵まれたなと思います。

いつでもできることは今日のうちに終わらせる

勤めている櫻井興業は不動産事業が主でアパレル・ライセンス事業や飲食事業、医療救命事業などがあります。その中で私はライフセーバーや消防の方に救助器材の営業、アパレルなど通販のお客様への対応業務をしています。社会人になって仕事とライフセービング活動を両立するのに心掛けていることは ‟いつでもできることは今日のうちに終わらせる” という事です。

仕事でも家事でも、今じゃなくていつでもできることは後回しにしない。後回しにしてしまうと心のどこかにあれやってないなぁっていうのがストレスになるし、後々の自分が苦しめられるのなら今の自分が頑張って終わらせておいた方が楽になるからです。
これは練習にも通じていて、海が近いからいつでも練習できる。というスタンスだと今日やらなくてもいいってなかなか海へ行かなくなる。
それだといつまでたっても練習せずに日々が過ぎてしまうので、明日の朝は練習しようと決めたら逆算して、朝〇時に起きる、睡眠時間は〇時間と決め、やるべきことは全部終わらせて朝の練習時間を確保するようにしています。

日焼け止め(ファイター)を塗る

監視活動で気をつけていることは日焼けですね。大学1~2年の時はライフセーバー=色黒というイメージもあり、黒い自分がカッコいいと思って日焼けしに行っていたようなものでした。3年生になって日差しを浴びるのがキツイなって思い始めて、曇りの日と晴天の日で疲労度が全然違って、晴天だった日の夜は日焼けで体が火照ってしまい寝付きも悪く疲労が取れませんでした。そう感じるようになってからはユニフォームを半袖から長袖に変え、監視タワーにいる時は帽子とサングラス着用、ユニフォームの下はサーフパンツなので脚にはタオルをかけて極力日に当たらないようにしていました。

ここ数年は日差しが痛くて、今までは表面がジリジリ焼けている感じでしたけれど、最近は鈍痛というか骨まで痛くなるような感覚に陥るのでなるべく日焼けしないよう心がけています。現場では自分の体調がいい悪い、年齢、キャリアはお客様にとっては関係なくて、一人のライフセーバーとして見られるのでなるべくベストな状態でいられるように意識をしています。大学3年になって日焼け止めを使うようになったのですが、海に何回も出入りするのですぐ落ちてしまう。だから午後の監視活動中は疲れを感じましたし、大会中も午後になると疲労が溜まってきているのが分かりました。
一般的な日焼け止めはウォータープルーフといっても何度も海を出入りすることを想定していないので落ちてしまう。何回も塗り直しするのが煩わしかったので、結局塗らなくなって悪循環。でも塗らないと疲れるしなぁって思っていました。

ですが、社会人1年目の時に5月の大会でファイター(日焼け止め)を試しに塗ってみたら今まで感じていた大会午後の日焼けによる疲れがなくなったのでビックリしました。疲労が溜まると筋肉は元気でも身体を思うように動かせないことが多かったんですけど、最終レースまで日焼けによる疲労を感じる事がありませんでした。その結果2位を取れて、日焼け止めの大事さを痛感したと同時に一度も塗り直さずにここまで疲労が少ないのは凄いし精神的にも楽でした。
監視活動は人の命が関わっているので様々なストレスを受けます。色々なストレスの中でどこを排除できるかというのを考えると一番日焼けによるストレスが排除しやすいと思いますし、実際にファイターを使ってからはそのストレスは無くなりました。
朝塗っておけば夜お風呂で落とすまで落ちないのは楽ですね。できる準備はしておく。特にライフセービングはそれが当てはまるし、準備を怠っているといざという時に人の命に関わるので準備の大切さを痛感しますね。

起きたら水を1杯飲む

自分の身体をいたわるようにしています。社会人としてもそうですし監視活動もアスリートとしても身体が資本なので、体調が悪い、身体のどこかが痛いでは話にならないので、少しでも体調が悪ければ思い切って練習を休むようにしています。調子がいい悪いは自分の感覚でしかないので、それを計るバロメーターとして起きたら水を1杯飲むようにしています。水がスッと喉を通れば調子がいいというか問題ない。ちょっとでも引っかかると調子悪い、身体に問題があると思っているのでその時は休むのもトレーニングの一つだと思って休みます。
その日の体調は1日でどうなるものでもなく日々の積み重ねなので、いかに今日の自分が未来の自分に真摯になれるか、ひたむきにいたわってあげられるかが重要だと思っています。ケガも急にするものではなく日頃のケアを怠った上の結果なので、怠らないようにするべきだと思います。お酒を飲むことも勿論あります。その場の雰囲気に合わせますが、食べすぎたな飲みすぎたなという時は翌日からは普段通りの生活にしっかりと戻してなるべく生活のリズムを崩さないようにしています。

練習メニューは自分で立てる

平日は基本的に朝練習します。早いときは海に入るのが5時半とか。がむしゃらに量をやるのではなく短い時間で質を高めてやっています。早寝早起きは全然苦じゃないですね。1人でトレーニングするときは勿論自分でメニューを立てています。

時期によって変わりますが主にはインターバルトレーニングです。今(2月)なら練習時間1時間のうち最初の10分間はウォーミングアップとしてゆっくり身体を温めて、メインメニューで30分間漕ぎ続けるといった持久系のメニューを行っていますが、大会シーズンになると瞬発力が大事になってくるので短い時間を全力で漕いで高い出力を出すトレーニングにシフトしていきます。
その中で特に意識しているのがパドルを止めない。キツくなると一瞬パドルする手を休めちゃうことがあるんですけど、日本代表になるような選手の皆さんはそこで休まない。その一瞬を休むか休まないかが大きな差になるので、メニューを組み立てる中でも自分で「この時間は漕ぎ続けよう」って決めたらなるべく漕ぎ続けるようにしています。最近は走ったりジムにも通っています。

競技面で言うと一昨年は神奈川県で2位だったけど全日本選手権では1回戦で負けてしまったので、何がダメだったのだろうと自問自答し、まずは自分の理想のフォームを追い求めようという結論を出しました。そこで、海外のレースをYouTubeで観て自分の体形に合ったパドルのフォームを見つけ、この選手のように姿勢を維持するにはどうすればいいかと考えた時、全体的な筋力を上げる事が重要だと気付きました。
僕は筋力が全然ないので、1レースならもちますが予選を突破しレースを重ねていくうちにバテてしまいます。なので筋持久力を上げるようなトレーニングをするようにしています。まだ完全に手探りですが、パーソナルトレーナーをしている大学の同期に質問したり、休みの日には一緒にジムでトレーニングしてもらったりしてアドバイスをもらっています。
全部聞いて言われたとおりにやるのが一番楽だと思いますが、自分の身体は自分が一番分かるので自分で考えるようにしています。自分の身体ってこんなに変わるのだなとも思いますし、昨年の夏前くらいからジムに通い続けて、実際に神奈川県の大会でもボードレースで優勝し結果を残す事が出来ました。でも全日本選手権前には、追い込み過ぎたのか健康診断でひっかかりました(笑)ここまで追い込むと僕の身体はダメだなって分かりました。それを踏まえて今年はトレーニングしていきたいと思っています。

合わせることが大事

大会で使用するボードは個人個人違っていて、主催者が用意したボードで行う場合もありますが、基本的には個人の物を使用します。ボードメーカーは何社もあってボードによって細かったりノーズが上がっていたり重心の位置が違ったりとメーカーや作られた時期によっても違います。

僕が今使っているボードは自分のスタイルやフォームに合っていましたから大きく変える必要はありませんでしたが、自分にボードをアジャストさせていくよりボードに自分自身を合わせていく人が多いと思います。漕ぎ方もボードによって変えます。特に世界大会に行く人は大会側が用意したものに乗らないといけないので短い時間で感覚を合わせないといけない。クラフトは自分の道具ですが自分に合わせるのではなく自分を道具に合わせる感覚だと思います。
監視活動においても同じで海水浴場によって用意されているボードは違いますから、このボードじゃ救助できませんというのは認められないので、用意されているものをいかに使いこなせるようにするかが大事だと思います。

海で監視活動をしていても毎日状況は違うし、その都度環境に対応しないといけない。遊泳条件や、お客さんの入っている状況によってもパトロールの仕方を変えないといけない。ライフセーバーは柔軟に適応する能力は長けていると思います。

ライフセービングをやっていて一番良かったことは、ある程度自立して自分一人でやらなければならないという思いが芽生えた点です。心にも余裕ができて、物事におおらかに接することができようになりましたね。自分のために鍛えることが人のために繋がるし、ライフセービングは視野を広くして予測というか一つのことにいろんなアンテナを張るので、そこは仕事にも活かせるところだと思います。
ライフセービングクラブが数多くある中で、ジュニアのプログラムを指導している方は真摯にライフセービングスピリッツを伝えてくれます。水の中で人を助けることだけがライフセービングではなくて、例えば道に落ちているゴミを拾うといった些細なことや、道端で困っている人を助けるのもライフセービングだよという事を教えてくれるので、子供の人格形成にもすごいいい影響があると思います。
自分の身を自分で守ることをまず覚えられますし、その先に自分が強くなれると他の人を助けられるという事を実際に体現できるので、もっとライフセービングをしてくれる子供が増えるといいですね。

Profile - 榎本 宏暉

高校2年生からライフセービングを始め、国際武道大学ライフセービング部では主将を務めた。卒業後は株式会社櫻井興業へ入社。社会人になってからも競技を続け神奈川県ライフセービング選手権ボードレースで2018年に準優勝、2019年には優勝。現在も仕事とライフセービング活動を両立しているフルタイムワーカー。

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